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神瀬さんちの触手さん

TLで触手が流行ってるみたいだから書いてみた。




黒崎真斗はいつものように神瀬修繕事務所の扉に手を掛けた。
修繕士とは、誰もが知っているように、かつては魔法使い、魔導士と呼ばれたものが現在登録する組織の総称である。
かつて世界を作ったものが神と魔とに分かれた時、その破片が地上に降り注ぎ、歪みを生んだ。
それによって起きたトラブルを解決したり、歪みを文字通り修繕するのがこの修繕士である。
魔法使いと呼ばれていたように、修繕士は歪みを意図的に操る技術を持ち、本来起きえぬ現象を起こすことができる。
ここは、そうした数多くある民間の修繕事務所のひとつである。
彼は、中に魔物の気配を感じ取った。
微弱すぎて、集中しなければ気付かない程度の魔力だ。
それだけで判断すれば、魔力の主は取るに足らないほど弱い。
自分のように魔力を抑えて偽装することもできる者もある。
この修繕事務所の結界の内部に魔物がいる、ということ自体が異常である。
なにより、ここは事務所と神瀬芽衣の自宅を兼ねている。
中には彼女がいるはずだ。
彼は扉をくぐり抜けると、部屋の中へ駆け込んだ。

苔の色。肉の色。半透明に濁ったゼリーの中に斑に赤と緑が混じる。
巨大な塊が部屋中いっぱいに事務所を占拠していた。
魔物の中でも最も下等とされる、アメーバの一種のようだ。
一斉に無数の触手が襲いかかってくるが、彼の身体に触れる前に肉を焼く臭いと音を立て消滅する。
本体が怯んだ様子を見せるが、分裂して元の体積へとすぐに戻る。
ざわりと蠢いて、塊が一定の方向に動き出す。
神瀬芽衣の私室のほうだ。
重量級の見た目に反して動きが速い。
彼が駆除対象と即座に判断し、再度攻撃を加えようとすると、部屋の向こうから笑い声が聞こえてきた。
神瀬芽衣の声に違いない。
「芽衣さん?」
訝しげに声をかけると、芽衣が中から応えた。
「真斗、入ってきて。紹介するわ。あとそっちにいるソレも一緒にね。」
どうやら塊のことを知っている様子である。

塊を一瞥すると、びくりと動いて脇に避ける。
先に部屋の中に入ると、見慣れた金髪の少女と形容し難い何者かが同じテーブルについていた。
「な」
真斗は言葉を失った。
地上のあらゆる色を適当に混ぜたものを人らしき姿に成型してみました。そういうものが、芽衣と談笑している。
途方もなく長く在り続けている彼にとっても、その光景はなかなかのインパクトを与えた。
彼の後ろにいた塊がヒトガタに殺到し、一体化する。
「なんですか、それ。」
少女、芽衣は立ち上がると、なぜだか少し得意げに宣言した。
「今日から雇うことにしたハウスキーパーよ。」
「家政……婦……?」
塊の中心に、表情のない女の顔が浮かび上がる。
『神瀬芽衣様はわたしに姿と役割を与えてくださいました。』
機械的な音声で、塊は言葉を発した。
真斗はテーブルの隅で開いたまま逆さにした一冊の本を見つけて、大体の事態を理解した。

神瀬芽衣はその日、ひたすら暇だった。
今日は依頼者の訪問もなく、厄介な仕事は昨日片付けた。
修繕事務所で一緒に働く相棒は今日は夕方まで来ない。
外は雨が降っているし、外出する気は起きない。
自動配信の映像ソフトをザッピングするが、画面に映るものは芽衣の興味を惹かない。
暇だった。
掃除でも始めるかと思っても、事務所内は相棒のおかげで綺麗に整頓されている。
自室か。
そういえば、趣味で作った書庫と地下の薬品庫は手を付け始めたら夕方までに終わらない惨状が広がっているっけ。
あそこは自宅扱いだから、真斗は入らないし。
億劫そうに芽衣はだらだら階段を降りて書庫の灯りをつけた。
本が作者名順に並べられているゾーンと適当に隙間に縦や横や斜めに積まれているゾーンとが同居している。
ここの整理はいつかやろうと思っていた。
奥からやるか。
すでにやる気がない。
脚立の上で本の整理を始めてしばらく。
ふと手を止めた。
こんな本持ってたっけ?
表紙に張られたくすんだ赤い革には錆びた銀色で装飾され、古代の文字でタイトルが刻まれている。
「『与える』、ま、『混ぜ物のスープ』?、『望む者に』、なんだっけこれ。」
脚立の上で胡座をかいて、芽衣は本を開いた。
もう掃除のことは頭から追い出している。
斜め読みしたところ、召喚術について記載した書物のようだ。
呼び出した者の望みを叶える『混ぜ物のスープ』の『はじっこ』を召喚する方法。
芽衣の金色の瞳がきらりと光る。
なにこれ面白そう。やってみたい。
道具もいらなくて呪文を唱えるだけみたいでお手頃だし。
なんでこんな本がうちにあるのかは思い出せないし、混ぜ物のスープってのが意味わかんないけど。
芽衣はひとつ咳払いすると、書かれた古代語の呪文をたどたどしく読み上げた。

最初、芽衣の目の前に現れたのは、光とも闇ともつかぬ形の無いものであった。
現れるやいなや、芽衣の頭に言葉が浮かび上がった。
『何を望む?』
あっ、これ下手なこというといろいろマズいパターンだ。
芽衣の背中を冷たい汗が伝う。
正体は不明だが、なんとなくとんでもないものを呼び出してしまったような気がする。とてもする。
「この書庫の整理整頓かしら……。」
とりあえず、当初の目的を言ってみる。
わあ。困惑されている。
「著者名順、出版順に並べてもらうと助かるなー、って……。」
雨音が大きくなる。
雷鳴が轟く。
芽衣は音に驚いてバランスを崩した。脚立が斜めに倒れる。
「わっ」
呼び出した何かに向かって。
熱くて冷たいものに触れた、と思ったと同時に、呼び出した何かにはっきりとした輪郭ができた。
エプロンドレスに身を包んだ長身。黒髪をアップでまとめ上げ、ヘッドドレスで飾った女の姿。
メイドだ。表情はない。
それも一瞬のことだった。
女の姿は融解し、どろどろとした見た目の塊に変わってしまう。
ただじっと芽衣を見つめている。
芽衣は慌てて一緒に脚立から落ちた本を捲る。
「あ……」
呪文を一行すっ飛ばしていた。
沈黙の中、外の雨風と雷だけが響く。
「とりあえず、片付けはじめようか。」
こく、と頷いたらしいそれは、芽衣と共に本の整理を始めた。

「と、いうわけなのよ。」
冗談半分だった。と芽衣は言う。真斗の深い海のような青い瞳をじっと見つめて。
真斗は、あるはずのない頭痛がするような感覚に襲われた。
つまりはこれは、偶然の産物だということがわかったゆえに。
芽衣は誤訳していたが、この本に記述されているのは混沌の一端を呼び出す方法である。
呪文を読み上げる際に一行丸々読み上げなかったこと、芽衣の望みが些細すぎたことで無害化され、芽衣の魔力が強大だったことで消滅せずに具現化した。
微弱な魔力の魔物の割には彼の攻撃で消滅しなかったのにも説明がつく。
これの本体は彼の主君が生まれ出でるよりも前に存在しているものだからだ。
「見た目はアレだけど、案外イイ子だし、手っていうか触手がいっぱいあるからいろいろ器用だし。」
芽衣の言葉に、触手はざわりと揺らめき広がって、天井から壁をひと撫でして、再び収束した。
触手の触れた壁面が新築同様に明るい色に戻っている。
「ね」
何に対する「ね」なのだろうか。
「ですが触手ですよ?」
「大丈夫。3分間ならメイドさんになれるから。」
何が大丈夫なのか。
この人間の娘は人外に対する警戒心がなさすぎる。
『どんなにしつこい油汚れや茶渋も完璧に落とすことができます。お任せください。』
「ほら!家事技術も高度なんだよ!?」
確かに触手が触れたところは一瞬で部屋が清掃されていき、空気まで清浄されている。
しかし、触手が部屋中をのたうつのはパニックホラーにしか見えない。
その姿を見てカワイイ、カワイイ、とはしゃぐ芽衣。
どれだけ永い時間を混じっても、やはり人間を理解しきることはできないらしい。
黒崎真斗を名乗る人型の魔族は、考えるのを放棄した。
「もうなんでもいいです。」
こうして、神瀬修繕事務所には、新しいメンバーが加わった。
神瀬修繕事務所を訪れた客はみな口を揃えてこういう。
「あの事務所はいつ行っても清掃が行き届いているし、出されるお茶が美味しい。」
と。

<おしまい。>
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