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恋の手ほどき4

つづき。


その日はたまたま、人形や、配下を連れ歩くのも、私の邪魔になるものを排除させておくのも疎かにしておりました。
普段は、人形や配下に叩きのめされるか滅ぼされるかして、私のところまで血の臭いが上がってくることは滅多にないのです。
我が君の城内での戦闘は禁じられていますが、敷地から出ればその辺りのルールも薄れることをすっかり忘れていました。
いわんや、ここは我が君の領地から離れた港町。
姫君の夕食のため、魚を購おうとやってきたはいいのですが、人間が船を出せず、従って魚も売っておりません。
沖の方で、若いひとたちが暴れているらしく、船とみれば沈めにかかってしまうらしいのです。
困りました。これでは、姫君に新鮮な魚を調理してさしあげることができません。
かと言って、わざわざ私が沖に出向いて、若いひとたちの楽しんでいるところに水を差すのも大人気ないように思います。
悩んでいるうちに、いつの間にか町外れに出ていました。
私のとっている姿の三倍はあろうかという角の生えたひとと、その眷属が食事の最中でした。
オーガだったか、オークだったか、そういった類の、私の管轄とは違うひとたちです。
骨を砕く音や、咀嚼音を抑えようともせぬまま、彼らは生肉に噛り付いていました。
私は魚に代わる姫君の夕食の献立を考えておりましたから、完全に上の空でした。
彼らの前を通り過ぎようとした瞬間、頭上から戦斧が降ってきましたので、数歩左に寄ります。
私の右側の道の舗装の石畳を抉り、下の土を露出させました。
私が歩みを止めないのを見てなのか、彼らは私の行く手を阻みました。
彼らは、私の方になにやら黒くて丸い物を投げて寄越しました。
私は、手や服の汚れるのを嫌って、また数歩。
落ちて、泥まみれになったものには、恐怖と苦痛で歪んだ顔がついていました。
首です。
人の頭でした。
私は嘆息しました。
こんな往来で、半裸のまま肉を貪り血を啜る。なんて品が無いのでしょう。
私の配下ではないにせよ、我が君の臣下であることには変わりがありません。
一言言って差し上げようと口を開いた瞬間、餌が向こうからやってきた、と、概ねそのようなことを彼らは言って下卑た笑みを浮かべました。
どうやら、彼らは何かを勘違いしている様子です。
私を、そこに転がっているような肉塊と同一視しているのでしょう。
と、いうことを推測したお陰で、先ほどの戦斧の意味も分かります。
つまりは私を何者か認識していないのです。
私は多少なりと名は知られているものの、普段はインドアなせいで、我が君に近しい者と城内の者、それから私の領内の者にしか顔が知られていないようなのです。
そもそも知っていれば、私の配下や私を前魔王の時代から知る者に倣って、こんな風に浅薄な行動を起こすことはありえません。
私はどう対応すべきか、考えあぐねておりました。
私がこうしてかなりの好き勝手を許されているのは、我々が実力主義だからに他なりません。
強い者が高いところに立つ。非常にシンプルです。
ですから、私のような地位の者が矮小な彼らに少々殺気を向けられたからといって、本気で応戦してしまえば、みっともないことこの上ありません。
おそらく、将軍あたりはこの先何百年としつこくそれを酒の肴にするでしょう。
「うーん。」
私が悩んでいると、それをどうやら恐怖で立ち竦んでいるように受け取ったようです。
お目出度い頭です。
臭気を発する緑色の顔を近付けて、何事か私に向かって暴言を吐いてげらげらと笑うのです。
訛りが強く、また、彼らの種族独特のスラングですから、半分も聞き取れませんが、私を不愉快にするには充分です。
さて、私が彼らを攻撃しても良い大義名分が出来てしまいました。
我が君や将軍に同じことを行えば、一瞬たりとこの場に存在することを認められないでしょう。
それだけ、我々にとっての侮辱罪は重いのです。
私はそれでもなるべく事を穏便に済まそうと、小鬼語で問いかけました。
あなたがたの『上』は誰か。
後ほど、彼らを取りまとめる者を呼び出して、今後一切このようなことがないように注意しておこうと思います。
そして、私の名に聞き覚えはあるか。
私の名を口にした時、彼らの一部が反応し、私をまじまじと見つめた後、顔色を変えました。
私の瞳の色は特殊ですから、特徴くらいは伝わっているようです。
ガチガチとうるさく歯を鳴らし、顔を引き攣らせるのです。
と。
私が何者であるか気付いておらず、そうした仲間の様子を不審そうに見ていた一体が、私に棍棒を振り下ろしました。
訳せば「あっ、ばか」や、「やめろ」などという仲間の制止するいとまもなく。
私のすぐ横の地面が砕け散りました。
私が触れた彼の得物が、音もなく霧散しました。
「それが、回答ですね?」
総意でないことを承知の上で、私は質問します。
彼らはそれを合図に一斉に戦闘体制をとりました。
こうなりゃヤケだ、やっちまえ。そんなことを叫んでいたようです。
平和主義の私でも、降りかかる火の粉くらいは払います。
私はこちらに向かってきた者の背後に回り、跳び上がると同時に彼の頭を突き、私の意志力を僅かに注ぎ込みました。
全員に『処置』が終わると、私はゆっくりと降り立ちます。
彼らは瞬き一回分だけ動きを止めて。
それから憎悪に満ちた目で、お互いに睨み合いました。
私はひとつ、手を打ちます。
すると、彼らは唸り声をあげて、仲間同士で殴り合い、斬り合い、噛みつき合い、砕き合い、千切り合い、潰し合い、壊し合うのでした。
どんなに痛かろうと、血塗れになろうと、彼らはお互いを傷つけることをやめません。
私は、私の人形のように彼らを操るとか、支配するとかしたわけではありません。
ただ、日頃の彼ら同士のほんの少しの不満とか、心に燻る悪意等を増幅してあげただけ。
私や、私でない誰かへ向かう筈の攻撃性の方向を捻じ曲げただけ。
前魔王の時代、人と魔の戦の時に行った方法を記憶の片隅から引っ張り出して。
崩れゆく彼らの、もう肉体とさえ呼べない状態の物を見ながら。
彼らの悲鳴と断末魔を聞きながら。
撒き散らされたありとあらゆる彼らの負の気を浴びながら。
私はどす黒い快楽を愉しんでいました。
姫君の光によっても照らされない私の根本の部分は、何をどう取り繕うと、やはり魔族であることは否定のしようがないのです。
「なんだ!?」
騒ぎを聞きつけたのでしょう。
人間の声が近付いてきます。
見知った姿が視界に入ってきましたが、無視を決め込みました。
以前見たよりも、随分と精悍な顔立ちとなった青年。
私の元から姫君を奪い返すはずの男。
私はこれも壊したい衝動にかられましたが、なんとかその欲望を抑え込みます。
こんなことをしにきたのではありません。
姫君の夕食の準備をしなければ。
上流の村で川魚を手に入れることを決め、私はその場を去りました。

夕食の準備ができたことを伝えるために姫君のお部屋を訪ねると、姫君は入り口に背を向けて、熱心に読書の最中でした。
普段と変わらぬ光景なのですが、その日の私は気分が変に高揚しています。
姫君の緩く編み込んだ銀髪や、そのお陰で見えている細い首や、小さな背中や、すらりとした四肢や、とにかくそうした無防備な後ろ姿に、矢も盾もたまらず、姫君を頭から爪先まですっぽりとあの聖衣で包み込み、後ろから抱き締めました。
「きゃっ!?」
「無礼をお許しください姫君……!」
当然でしょう。姫君はひどく驚いて、振り解こうとなさいました。
が、私の声を聞くと、その途端、力を緩めて私に体を預けました。
「触れているのに、平気なの?」
「この薄布越しならば、私は消滅することなく姫君に触れることができるのです。」
「あなたはあなたなの?それともあなたの声をした別の」
私は姫君を薄布で覆ったまま、姫君と向き合う形になりました。
姫君は私にされるがまま、逃げることも抗うこともせずに、こちらをじっと見つめました。
「私は私です。他の誰にも、姫君を触れさせたりするものですか。」
もしも、姫君が拒絶し、私に滅びよと命じれば、私はそうしてもおかしくはありませんでした。
この時の私は、実にどうかしていたのです。
しかし何も言わずに今度は姫君から、私に腕を回しました。
布一枚隔てた先に、姫君の温もりがあります。
「姫君。……オデット。私は」
姫君は顔を上げると、かぶりを振りました。
「いいえ。いいえ、どうかなにも仰らないで。いまはただ、もう少しだけ、このままで……。」
「……はい。」
オデットの柔らかな重さや温かな体温が、とても心地良いのでした。

翌日も、翌々日も、私とオデットはそれを忘れたように振舞いました。
ただひとつの変化といえば、私はオデットの名を呼び、オデットは私の名を呼ぶようになったことだけ。
私はオデットの為に、密かにある準備をしていました。
ひと月後、オデットは誕生日を迎えるのです。

「ねえ知ってる?最近オヒメサマが読んでる本が偏ってるって。」
私が我が君のご覧になる書類の選定と推敲作業をしていると、高めの椅子に腰掛けて片足をぷらぷらさせていた将軍が口を開きました。
彼は、暇を持て余して、この時間帯私の雑務の邪魔をしにくるのです。
身体中に修復の呪文を巻き付けた彼には現在、左腕と右眼がありません。
我が君に荷物のように私の前に投げ出された時は、もっと損傷箇所も多かったのですが、施してやった治療がきちんと作用して、今はここまで持ち直しました。
幾つかの街を潰した後、勇者殿が怒りに任せて南の拠点を落とし。
その結果が、この有様でした。
私の治療を受けながら、将軍は頬を膨らませました。
「……君が出てくれば、戦況もひっくり返せるのに。」
少年の姿だから許されるとでも思っているようですが、彼は私とほとんど同じ年月を生きています。
気味の悪い事この上ありません。
「我が君のご命令があれば。」
聖剣による傷をやや乱暴に抉ると、将軍はちぇっ、と舌打ちしました。
「君はもともとデスクワーカーだし、うちのおーさまは、君に家を護らせて自分で前線にでちゃうタイプだもんねー。」
自嘲気味に、将軍は暗く笑うのでした。
「ま、お陰で僕もこれだけで済んだんだよね。」
将軍の話によると、我が君は勇者殿が将軍の息の根を止める直前に現れ、ある程度満足したらさっさと引き上げたそうです。
虫の息の勇者殿と荒野へと変えた土地に背を向けて。
「我が君がご無事でなによりです。」
「怒ってんだろーなー、人間共。」
我が君はご帰還なさった時に、珍しく機嫌が良かったようでした。勇者殿の成長の余地をご覧になって、嬉しそうだということはなんとなく察しました。
我が君に対する畏怖を思い知らせた結果にはなりましょうから、勇者殿はこれからまた努力をするのでしょう。
「でさ、さっきの話に戻るけど。知ってた?」
将軍は、私のペンを取り上げました。
「オデットは、ジャンルに拘らず何でもお読みになりますよ。」
私は目の前の書類を諦めて、将軍の暇潰しの犠牲になることを覚悟しました。
「ふうん、名前で呼ぶんだ。」
何が面白いのか、彼はお得意のにやにや笑いを浮かべました。
「じゃあ、最近はオヒメサマ、何を読んでるか知ってる?」
オデットの最近のお気に入りの棚は、私の昔の論文や著作です。
専門知識がなければ読み下せないものではありますが、オデットは他の資料と比べながら、一心に読み耽っているのです。
「そうさ。オヒメサマが読んでるのは、人間の魔族化に関する書物ばかりさ。」
オデットは、人間の姫君です。
前魔王を喰らってその身を魔族と変じた我が君のような例が今後現れないか、同じことを防ぐにはいかにすべきか、調べていらっしゃるに相違ありません。
将軍は、わざとらしい大きな溜息をつきました。
「それは君、わかっててやってるのかい?」
一体なんのことでしょう。
「あとさあ、魔王の『側近』のくせに、君は全然おーさまの側にも近くにもいないよね。」
オデットの世話を我が君に申し付けられてから、確かに私は我が君のお側についてはいません。
それでも、我が君のご命令はきちんとこなしております。
現に、今だって将軍に邪魔されて一時中断していますが、仕事中なのです。
「有能すぎて表に見えないんだよね。」
それはそうでしょう。
私は、彼のように目立ち、わかりやすく戦果をあげるような役回りではありません。
後方部隊は彼らや我が君が好きなように戦場で駆け回れるよう、留守の間、城を護り、装備品を供給するのです。
「ハタから見てると、ただオヒメサマで遊んでるだけに見えるんだってさ。」
これでも忙しいのです。
「姫君のお世話も、我が君に仰せつかった仕事ですから。」
将軍は、少し真面目な口調になって、私に警告しました。
「君の昔の功績や、君がそれ以外に戦術や抑える拠点を考えてるのを僕は知ってるけど、そーじゃないのもいるのさ。気をつけて。」
「ご助言、ありがたく受け取っておきましょう。」
私も、私のことをよく思っていないものについて耳にしています。
なるほど彼は、どうやらそれを友人として忠告しにきたようです。
「じゃー僕は休むから、回復前に万が一勇者が城に侵入したら呼んでよね。」
私が頷くと、将軍はひらひらと片手を振って声だけを残し、虚空に溶け消えました。
「ウソウソ。君が侵入を許すわけないじゃん。じゃーね。おやすみ。」
「おやすみなさい」
私は、中断した書類の山に再び手を付け始めました。


<続>
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