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恋の手ほどき3

つづき。


さあ。姫君と約束したので、一週間で体を修復せねばなりません。
私は、瘴気の谷と呼ばれている、この世で最も闇と瘴気の濃い場所を訪ねました。
我が君の前の魔王が生まれたのも、この谷だと言われています。
私はこの場所があまり好きではありません。
草木の一本も生えないこの場所は、岩が転がっているばかり。
光の差し込まぬこの場所は、ただ暗闇が広がっているばかり。
何の面白みもありません。
上部がフラットになっている岩を適当に選んで、私は横たわりました。
私は、姫君の近くで過ごすうちに、姫君の神気が全身に蓄積し、じわじわと全身を蝕んでいるのを知っていました。
私は、仰向けになったまま、ひび割れてインクのような黒を虚空に吐き出すだけとなっている自分の手を顔の上で翳しました。

姫君に触れた指先が熱い。

谷を渦巻く闇に融けてゆくような、心地良さを感じていました。
考えるのは、姫君のことばかりでした。
最初はただ、我が君から飼育を任されただけの生き物でした。
人間は、これを情が移ったとでも表現するのでしょうか。
今はただ、姫君の笑顔を私が引き出すことが、私の悦びでした。

「メズラシー。君が、この瘴気の谷にいるなんて。あの噂に信憑性が出て来たね。」
意識を体に戻すと、私の顔を子供の姿が見下ろしていました。
もちろん、栗色の髪のこの少年が、見た目の通りの者ではありません。
「将軍。遠征から帰っていたのですね。」
地位であれば私とほぼ同等の彼は、戦場で我が君から与えられた兵を率いる将軍です。
「久しぶりに城に戻ってみれば、城ン中が君の噂で持ちきりだし、君の部屋と書庫は君の結界が張られてるし、でも肝心の君は不在だし。」
彼は、鳶色の目を細めます。
「面白そーだから見にきたのさ。ロッディ。」
「その呼び名、いい加減にやめてくれませんか。」
私は上体を起こしました。
とはいえ、前魔王健在のときから彼にこう呼ばれ続けているので半ば諦めています。
「君があの聖女サマに狼藉を働こうとして、呪いに触れて負傷した、って聞いたら、見にこないわけにはいかないだろ?」
それほど暇ではないでしょうに。私は苦笑しました。
「ただの事故ですよ。」
将軍は、三日月のように笑いました。
「だよね。だけど淫魔にすら堕とせない冷血漢の君の心が揺らいだ、ってハナシがみんな面白いのさ。僕もね。」
わざわざそのためだけに来たのでしょうか。
私が呆れて絶句しているのが伝わったのか、彼は私の隣に腰を下ろし、道具袋をごそごそしだしました。
「そんな君にコレ、あげようと思って。」
純白の布でした。
縁は花の刺繍があしらわれ、羽根のように軽く、上質の絹のように柔らかな手触りで、透けるほど薄い。
どう考えても、彼の好みではありませんし、もちろん私と彼とはこんなものを贈り合う関係でもありません。
「これは?」
彼は自慢気でした。
「遠征先から拾ってきた聖衣さ。キレイだろう。」
耳にしたことくらいはあります。
人間と長命種が協力して作ったものだそうです。
瘴気の中で息のできぬ者たちの工夫です。
現在では製法も失われ、伝説の中にそのたった一枚についてが記述されるのみ。
資料では興味深いと感じていましたが、実在するとは思っていませんでした。
「そう。本来は、僕たちの瘴気に対抗するためのものなんだけどね。ちょっと面白いんだよ。」
彼の言葉によると、この布が遮断するのは我々の瘴気や魔力だけではないそうです。
陽であろうが陰であろうが区別なく、あらゆる精神エネルギーに属するもの、つまり神気さえも遮断してしまうそうです。
「実証してきたから間違いないよ。あのエルフの神官の鳩が豆鉄砲喰らったような顔、ロッディ、君にも見せてやりたかったよ!」
彼の長命種がどうやって対抗してきたか、自分がどう活躍したか、そして何体斬り伏せたか、肉の味がどうだったかという自慢話を適当に聞き流して、私は先を促しました。
「……それで?」
彼は肩を竦めます。
「となれば、使い方はわかるよね。うちのおーさまに渡すのが正しいんだろうけど、君に渡した方が僕的に面白そうだから。」
私の沈黙をどう受け取ったのか、彼は立ち上がってこちらに乱暴に手を振ると、
「怖い顔するなよ。じゃっ、精神統一中に邪魔して悪かったね。」
闇に紛れて消え去りました。
また、戦場に向かうのでしょう。
私は布を摘まんだまま、その場に取り残されるのでした。

姫君が風邪をお召しになったらしい、と連絡を受けました。
私は一日早く休養を切り上げて、我が君の城へ戻ることにいたしました。
私が姫君の部屋の扉をノックすると、一体の人形が出迎えました。
他の人形と違い、これにはある程度の意志を許しています。
細やかな気配りについては、自動人形よりも魂を容れた人形の方が適当なのです。
「姫君の体調には気を配れと申しましたね?」
「ふん。我が悪いのではないわ。小娘が貧弱すぎるのが悪いのだ。あっ、ちょっ、やめっ、痛っ」
メイド服に身を包んだこの人形の中に入っているのは、我が君が以前狩っていらした龍族の族長のものでした。
その体を我が君が馬としてお使いになるということだったので、私がその魂を抜いて、この中に入れておいたのです。
聖なる龍の魂であれば、もちろん姫君に触れたとしても、神気に当てられて使い物にならなくなる心配はありません。
私の支配下にあるため、私の命令である姫君のお世話を嫌でもするほかありません。
と、判断して任せればこの体たらくです。

しどろもどろな龍の娘の言い訳は、こんな具合でした。

私が姫君のお側を離れてから、姫君は熱心に本を読んではノートに何か記録されていたそうです。
四日目、つまり一昨日、新しい本を書庫から持ち出してから、姫君の様子がおかしくなったとのことでした。
龍の娘が話し掛けても本に没頭して反応はなく、食事も召し上がらない。睡眠さえとらない。
よもや、と思ってその本を『視て』みても、何か術がかかっているわけでもない。
単に熱中しているだけだろう、と丸一日放置して。
今日、姫君が熱を出していることに気が付いた、とのことでした。
私は、苛立っていました。
何に苛立っているのか、自分でもわかりませんでした。

龍の娘を押し退けて姫君の部屋に入ると、姫君がベッドに横たわっているのが見えました。
血の気の失せた姫君の顔色は、最初の頃を思い出させました。
私はこれを不快に感じているのでしょうか。
ベッドの横の椅子に私が腰掛けると、姫君が目を開けました。
「もう、七日、経ったの?」
「いいえ。一日早く姫君のお顔が見たくなりました。」
人間は、脆いのです。
どんな些細なことでも、死の可能性がある以上、無理をしてでも私が姫君のお側についているべきだったのです。
「姫君が、ご病気と聞いて飛んで帰ってきてしまいました。」
姫君はそれに、咳き込みながらも微笑を浮かべました。
「過保護ね。ただの風邪なのに。……あなたの具合は?お体はもう大丈夫なの?」
私は静かに頷きました。
「よかった……」
姫君は身を起こすと、何度も夢を見たの、と姫君はぽつりぽつりと話しました。
「あなたが、このままいなくなってしまうんじゃないかっていう、恐ろしい夢。」
姫君の目の前できえたり、命を落とした者たちが、姫君の心の中で大きな傷となっているようです。
姫君は、おずおずと上目遣いにこう、私に言いました。
「今夜は、我儘を言ってもよろしい?」
この六日、何も聞いてあげられなかったのです。できる限り叶えて差し上げようと思います。
「なんでしょう。」
姫君は視線を落とし、胸の前で組んだ手の、左右の指を絡めたりほどいたりします。
「わたくしが眠るまで、側にいていただけたら、と……いえ、あなたはお忙しいのですから、いけませんね。」
もとよりそのつもりではありました。
「姫君がお眠りになるまで、ここにおりましょう。ただし」
私の希望も聞いていただきましょう。
「姫君が、お食事とお薬を召し上がれば。」
姫君は、目を逸らしました。
「あなたが口に運んでくだされば、きちんといただきます。」
自然と笑みがこぼれました。
「急に幼い子供になったようですね。」
拗ねた姫君は、とても可愛らしいのです。
「それだけ寂しかったとお思いになって。」
姫君は、こちらに向き直りました。
私がサイドテーブルに手を翳して、キッチンから人参のポタージュスープを呼び出すと、姫君は、愛らしい口を小さく開けました。
「まるで雛鳥のようですね。」
スプーンで掬い上げ、口元に運ぶと、姫君は、はくりと口に含み、そして喉を鳴らしました。
「あなたが親鳥なら、安心して巣で待っていられますわね。」
「姫君が巣立つまで、責任を持って餌をお運びしましょうね。はい。あーん。」
姫君が、巣立つまで。

「『触れれば、近付けばお前を傷つけてしまう。私は魔族なのだ。この呪いは人の身で耐えられるものではないのだ。』」
姫君が暗誦しているのは、いつぞや姫君がお読みになった異種間婚譚の一節でした。
「『いいえ、構いません。あなたになら、喜んでこの命捧げましょう。』……わたくしと逆だわ。」
姫君は、何かに思い悩んでいるようでした。
「いえ、何が逆なのかしら。わたくしが恋をするのは勇者さまなのですから、こんなことないんだわ。」
勇者殿は、人間です。
勇者殿であれば、姫君の手を取り、髪に触れ、頬を撫ぜ、腕に抱き、姫君の唇で祝福を受けることができるのでしょう。
そこまで考えて、私は存在しないはずの胃の腑にむかつきを覚えました。
何かよくないものを摂取したわけではないと思うのですが。
視界の端の例の聖衣が、妙に目に付きました。
私はその時、姫君に声をかけることができませんでした。

心配ではありましたが、気持ちが落ち着くまで、私はまた、龍の娘に姫君の世話を任せることにしました。
扉の向こうから姫君と龍の娘の声が聞こえます。
「また風邪が悪化したのかしら。なんだかぼうっとするの。」
「熱はないな。」
「感染してはいけないわ。あまり近づかない方が」
「ああ。我は誇り高き龍族だからな。貴様と同じ汚らわしい魔物共の捕虜ではあるが貴様のように虚弱ではない。」
「体は奪われているので感染しようもないしな。魔王の側近に生き延びさせられているというのは屈辱だ。こんな人形の中に入れられてまで。」
「屈辱、ですか?」
「ああ。あれは我を観察対象か玩具や何かとしか認識していないからな。」
「そっ……そうですよね。観察対象……。」
「なぜ落ち込む?」
「どうしてかしら。」
「安心しろ。勇者は必ず貴様を助けにくる。そういう未来がちゃんと見える。我にはわかるのだ。」
「そう、そうですよね……。」
「だから、なぜ落ち込む。」
盗み聞きなど私らしくもありません。我に返った私は、手元の資料に没頭を決め込むのでした。

姫君の体調がすっかり良くなった日。
私は姫君に一枚の手鏡を差し出しました。
「魔法の鏡?」
不思議そうに、姫君は鏡の縁にある花や鳥の装飾を指で撫でました。
「はい。姫君。」
姫君は、裏返したり上下を逆にしてみたりしながら、
「聞いたことはあります。確か、世界で一番美しい女性を映すのでしょう?」
私にお尋ねになりました。
私は首を横に振りました。
「いいえ、それでは姫君を映すに決まっているのですから、姫君にとっては普通の手鏡となんの違いもありませんでしょう?」
そんなものでしたら、こんなに古めかしいものではなく、もっと美しく品のあ装飾の、姫君にぴったりの鏡を作らせます。
「……よくわからないけれど、これは違うのね。」
これは、映した者の恋い慕う者を映す鏡です。
昔、私が人の振りをして、人間の操る魔術について調べていた頃に知り合った魔導師が創った物でした。
風変わりな彼女は、他の人間が攻撃呪文や回復呪文ばかり研究する中、こんなものばかり作っては他の人間から爪弾きものにされているのでした。
あの頃の人間には知る由も無いことでしたが、その技術力は私でさえ舌を巻く程でした。
もしも彼女の興味の方向性が少しでも我々との戦闘に向いていたら、確実に我々は不利になっていたに違いありません。
しかし、歴史に『もしも』はないのです。
彼女は人間の誰にも認められることなく、病に倒れ、ひとりでひっそりと息を引き取りました。
当時、気紛れに彼女の作品を拝借し、今は私の倉庫で埃をかぶっていたのを思い出して、拾い出してきたのです。
「……そろそろ、勇者殿の姿がご覧になりたいかと。」
私がそう言うと、姫君はきょとん、と首を傾げました。
「えっ。」
それから、どういうわけか言い繕うように続けました。
「あ、ああ、そうね。つ、使い方は?」
そういえば、姫君は最近、窓辺に座って外を眺めることがなくなっていたように思います。
急に勇者殿の話を持ち出されても、ピンとこなかったのかもしれません。
「ただ覗き込むだけですよ姫君。」
私は姫君が鏡を正位置で持つことができるように上下と裏表を直して姫君に持たせ直しました。
「……やってみます。」
あまり乗り気ではないようです。
「……。」
芙蓉の顔、柳の眉とでも申しましょうか。凝っと鏡を覗き込む姫君の顔は、これだけ毎日眺めても飽きることがありません。
「……。」
十数分も眺めた後、姫君は申し訳なさそうに私の顔を見上げました。
「……見えましたか?」
姫君は、念押しする口調で、私に確認しました。
「この鏡、勇者さまが見えるはずなのね?」
私は首肯します。
姫君は、明らかに狼狽していました。
「どんなに覗き込んでも、ここにいるあなたの姿しか映らないわ。」
私は姫君の喜ぶ顔が見たかったので、落胆しました。
古い物ですから、魔法が失われているのかもしれません。
姫君の手から鏡を受け取り覗き込みます。
何らかの魔力の痕跡は辿れるのですが、
「本当ですね。ここにいらっしゃる姫君の姿しか映りませんね。」
これでは、何の役にも立ちません。それこそ、ただの鏡と一緒です。
廃棄しようと力を込めかけたと同時に、姫君が私の手から鏡を取り上げました。
「いいえ、あの、いただいてもいい?ちょうどこのくらいの手鏡が欲しかったの。」
姫君がそう仰るのでしたら構いませんが、もし手鏡が要りようでしたら、もっと新しいものを用意しますと申し上げると、姫君は背中の後ろに鏡を隠しました。
「これで!これがいいの!」
姫君が気に入ったのであれば、どうしても処分をするわけではありません。が、なにがそんなにお気に召したのでしょう。
なにやら、自然と溢れる笑みが抑えきれないといったご様子。
大切そうにドレッサーの引き出しに仕舞いました。
釈然とはしませんが、姫君の喜ぶ顔を見るという当初の目的は達成されたので良しとします。

その日から姫君は、時折引き出しから鏡を取り出しては溜息をつくようになりました。


<続>
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