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堕つる

ピロリ菌と戦う魔王。



巷に流れる噂を耳にした。

勇者が魔王の手に堕ちた。
魔王は勇者を洗脳し、自分の手駒として操っている。
魔王は勇者に首輪を付け鎖を繋ぎ、夜毎、閨でその躰を弄んでいる。
勇者は魔王の求めるまま、白銀の聖なる防具を脱ぎ捨て、漆黒の鎧に身を包み、いくつもの人間の王の首を狩って、魔王に献上している。
雛菊のような可憐な姿を返り血で紅く染め、にこりと艶やかな微笑みで、じゃらりと首の鎖を鳴らしながら。

脚色が過ぎる。

確かに、勇者は魔王である我が手に堕ちたのは真実だ。
しかし、堕ちた、という表現には語弊がある。
彼女の場合、自ら勢いを付けて急降下した上に、厳重に閉ざされた闇の扉を、力任せに蹴り破ってきたという方が相応しい。
首輪と鎖を付け、というが、あれはけして我が望んでそうさせているわけではない。
目を離すと自ら首輪と鎖に繋がっている勇者の枷を、この我、自ら外してやっているくらいなのだから。
閨で勇者を弄んでいるというのも、甚だしい誤解である。
勇者を閨に招いたのは事実だ。
しかし、あれは創傷の幾つもある勇者を憐れんだからだ。
目の届くところに置いておけば、負傷と疲労で弱っている勇者が、城の魔物共に喰われやせぬかと案じることもせずに済む。
人の世の支配層の首とて、我は勇者に命じたことなどない。
「ちょっと行ってくるね」
とだけ言い残した勇者は、引き止める暇もなく、まるで市場で贖った野菜か何かのように気軽にいくつもぶら下げてくるのだ。
我の前で跪き、捧げるようにこちらに寄越す。
返り血と、自らの血で、繊弱な造りの雪の色を穢しながら。

勇者が我が所有物となってから、絶えず臓腑の痛みと戦っている。

異形の自分に人と同じ六腑が備わっているならば、胃のあたりがきりきりと。
先達て行った、魔族の諸侯を招いた定例会でもそうだ。

確かあれは、急進派の蟲めが、ぎしぎしと不快な笑い声をたてたのが始まりだった。
「近頃、魔王様は、変わった毛並の家畜を飼ってなさるそうですな。」
こやつは昔から、いけすかぬ。
品性というものに乏しく、なにもかもが大雑把で、そのくせ、他者の弱みを常に嗅ぎ回っている様な、嫌な性質を持った男。
本来ならば、諸侯に名を連ねられるような立場ではないはずだ。
が、この一派を率いていた者が、先の事故で命を落とし、血縁であったこの男がその席についている。
四対の脚を常に忙しなく動かし、人間の頭部を出鱈目に歪ませたような顔に、瞳の無い眼窩から触覚を伸ばし、口の位置から棘と節のある吻が下へと垂れ下がる。
総身は幾多の蟲が絡み合って構成され、それらが這い回るかさかさという不快な音が響く。
悪趣味の塊。
返答せずに、ぎろりと睨む。
普段は、それで黙るのが常だった。
しかし、酒の席のためか、その日だけは違っていた。
「しばらく人間の娘の味からは遠ざかっておりますから、魔王様が飽いたら是非とも下賜いただきたいものですなあ。何せ、家畜はよく躾けてあって、なんでも言うことを聞くそうですから。」
下卑た笑みに気分を害す。
あんなものが躾けられるものか。
苛立ち紛れに手元のグラスを呷る。
すると、南を治める蜥蜴が賛同した。
こやつは、酒での失敗譚が多いというに、省みるということをしたことがない。
「おう、おう、魔王様。是非ともわたくしもその家畜とやらを目にしてみたいものですな。噂では、大層美しいとか。」
「あれは……皆様にご覧いただく様な面白いものではない。」
苦々しい思いで応えると、不満の声が上がる。
「そこをなんとか」
静観していたはずの輩も、酒が回ったのか、勝手なことを言い始める。
「あれは凶暴ゆえ」
なんとか断ろうとするが、蜥蜴も蟲も食い下がる。
「綺麗な薔薇に棘があるのは承知しておりますよ。」
いいかげんにせよ、と一喝してやろうと口を開きかけた瞬間、広間の入り口から薄汚れた奴隷装束に身を包んだ人間の女が転がり込んできた。
手枷を嵌め、広間の中心に倒れこむと、弱々しい様子で一度こちらに美しい顔を向け、それから項垂れるようにこうべを下げた。
勇者だった。
「魔王様が、余興にボクをお呼びと聞いて、参りました……」
勇者は震えながら、一語一語、今にも消え入りそうな声で発する。
呼んでおらぬ。
誰だ。勇者にこのような見窄らしい服装をわざわざ渡したのは。
面白がって自ら身に付け、聞き耳を立てた上で頃合いを見計らって飛び込んできたに違いあるまい。
ざわりと広間に我に対する敬嘆の声が広がる。
「やけに勿体ぶると思ったら、成る程確かに美しい娘だ。」
蟲が、近付いて、勇者の小さな顔に触れ、気色の悪い呼気を我が所有物に吹きかけた。
顔を背け、緩々と逃げ場を探している様子で勇者は這うが、手枷の鎖を引かれ、引き戻される。
「このようなヒトの雌を苗床にしたいものだ。植付けた卵を産ませる瞬間の羞恥と快楽と屈辱と絶望が綯い交ぜになった悲鳴と表情はたまりませぬからなあ。」
勇者は見開いた目に、涙と恐怖の色を浮かべ、かちゃりかちゃりと金属の枷鎖の音をたてていた。
演技だ。
これが、その程度の話を聞いて恐怖に震えるわけがない。
平生、もっとエグい言葉を自ら吐いているのだから。
「ちょうどこのような……」
蟲も蟲で、俗悪この上ない。
勇者の顎を掴んで無理に自分の方へ向かせる。
我は耐えかねて、勇者と蟲とを引き離すべく立ち上がると、勇者が蟲のほうに拘束されたままの白い腕を伸ばした。
蟲は、面白がって勇者の衣服を引き裂こうと手をかける。
刹那。

みぢみぢ。
ぶつり。
びちゃり。

黄色の体液を撒き散らし、蟲の首から下だけが、真横に倒れた。
誰も、何が起こったかわからぬ風で、その場に凍りついていた。
我と勇者以外は。
何の事はない。
ただ、勇者が蟲の頭を引き千切って捨てただけである。
酸性の体液を浴び、皮膚を焼きながら、勇者はこちらにどこか得意気な視線を投げかけた。
我は溜息をついてから、片手を上げて使用人共を呼びつける。
「片付けろ。それから、それも連れて行け。見苦しい。」
こんなものが、家畜であるものか。
これは。

猛獣だ。

諸侯が青い顔で退席するのを見届けて、急いで自室に戻った。
扉を開けると、メイドが勇者の手脚へ薬を塗布している最中だった。
「もうよい。下がれ。あとは我がする。」
女中から薬を受け取り、人払いを申し付けると、我は部屋に中から鍵を掛けた。
「叱らないのかい?」
不安そうにこちらを覗き込むので、黙したまま勇者の衣を剥いだ。
……やはり。
蟲の酸を全身に浴びていたらしい。
きめ細かく滑らかだった雪肌が焼け爛れ、肉が赤く露出しているところすら。

貌。
喉。
肩。
背。
胸。
腹。

全身を隈なく探索し、薬を塗りつけ、撫で回す。
勇者は異形の我が身に抵抗もせず、その身を預けてきた。

勇者を弄んでいると称されるのは、途轍もない心得違いである。
認めよう。
我はこの血の匂いのするひ弱い娘に今まで、どんな女にも感じたことのない恋慕の情を抱いていた。


今回のことで、ボクが咎められることはなかった。
逆に、あの昆虫の塊の親玉が率いる一族が、魔王の元へ詫びをいれてきた。
曰く、魔王の物に魔王の前で触れ、魔王の機嫌を損ねた昆虫の塊が、それに見合う罰を受けただけ。
一族郎党処分されるところを、魔王様の寛大な御心により、昆虫の塊ひとつの命だけで済ませた。
それに、騒ぎ立てれば、仮に立たせたとはいえ、自分たちのリーダーが、『素手の』『人間の』『小娘に』命を取られたという、魔族としては途方もない不名誉を拡げることになる。
それよりも引き下がった方がマシだ。
そんなところだった。
魔王のような穏健派を腑抜けと軽んじていたものたちが、この件をきっかけに魔王に畏れを抱くようになったのも、ボクとしては良い収穫だ。
勝手なことをして魔王の不興を買えば、虫と同じ目に合うぞ。
勇者のように心を壊され、人形のように 弄り回されるぞ。
まことしやかにそのような噂が囁かれている。
ボクも、その噂に信憑性を付与しようと、他人や他の魔族の前で、魔王に虐げられ、弄ばれている様を存分に見せつけている。
魔王は強ければ強いほど良い。
対峙しただけで、絶望が頭の中を支配するくらいに。
魔王の敵の排除はボクがやる。
魔王は、ボクを罰してくれればそれで良い。
以前の間違えたボクを。
今の人類を裏切り、魂を売り渡したボクを。
たくさん痛めつけて、仕置きしてほしい。

それなのに、魔王は、ボクを憐れみ、抱き締め、妻と呼び、愛玩し、腕の中で眠らせ、着飾らせ、寵愛する。
ボクは、ボクの望む平和のために利用してやろうとだけ思っていた魔王に、いつしか焦がれていた。

ボクよりふた回り以上も大きな体躯に身をすり寄せるのが好きだ。
金属のように硬く温もりのない腕で、抱きすくめられるのが好きだ。
鋭い爪でボクの肌を引き裂かないように気を使っているのが可愛くてたまらなく好きだ。
ナイフの先端が無数に並んだような歯を舐め上げて、青黒く長い舌を自分の舌に絡ませて、口を吸ってやるのが好きだ。
肋骨を捻じ曲げた形の外骨格を撫ぜて、藍色の胸に顔を埋めるのが好きだ。
白目のない黒曜石をはめ込んだような冷たい目に見つめられるのが好きだ。
虐げてほしい、痛めつけてほしいと頼む度、心底嫌そうな顔をして、精神介入の術で無理矢理させると後でお腹を痛そうに押さえているのが愛おしい。
ボクは、今、この異形の男に抱かれることを、心から望んでいる。

夢を見た。
夢の中で、我は勇者と戦っていた。
出会いは確かに戦いの中だったが、現実の記憶と違ってその夢では、勇者は独りで城に乗り込んできたのではなく、他人間三匹程を引き連れて、この魔王を倒そうとやってきたらしい。
夢の中の我は、何故だか激しく人間を、勇者一行を憎んでおり、また、勇者に浮かぶ表情も、現実の勇者のように温く蕩けた笑みではなく、我に対する怒りと、振りかざした正義とで強張っているのだった。
勇者が幾多の罪なき魔物を葬り去り、我もまた人の街を焼き、数えるのも馬鹿らしくなる程の死体の山を築き合っていた。
大広間で、勇者の仲間を消炭にした夢の中の我は、すでに虫の息で、勇者もまた最後の力を振り絞り、我に剣を尽きたてるのだった。
現実では勇者に愛を囁いた魔王の間で、代わりに勇者に呪いを吐きながら、夢の中の我は滅び去っていった。

傍らで勇者が無防備に眠っている。
その左胸には、勇者の紋が、薄っすらと白く発光して浮かび上がっている。
我は、その紋に向かって、力の限り爪を突き立てた。
熱したナイフでバターを切るように、柔肌は我の鉤爪を飲み込んでゆく。

鮮やかな紅がとくりとくりと流れ落ちたところで、我に返った。

何をしているのだ我は。寝ぼけるにも程がある。
慌てて勇者の胸に治癒の術をかけようとすると、咳き込みながら起き上がった勇者に口を口で塞がれた。
甘やかなキスに、鉄錆の味が混じる。
「もっと!もっと刺す箇所の数を増やしても良いんだよ!」
恍惚の表情を浮かべ、口の端から血液を垂れ流し、昂奮した様子で勇者は掠れる声を上げた。
「ああ!今すごく自分がキミのモノって気がするよ!なんだったらキミの脚と脚の間にある棒も挿してくれてもいいんだよ!」
こちらが極度に狼狽しているというのにこの娘は。
「そなたちょっと黙れ。」
すまぬ、と口にしながら勇者を抱擁し、傷を塞ぐ。
へらへらと勇者は笑って、夢で良かったねえ、と抱き返してきた。
「怖い夢はもう、ボクがなかったことにするからね。」
さあ、今度は良い夢を見ようよ、と勇者は我を押し倒すと、我の腹の上ににじり寄ってきた。
「ねえ。」
「なんだ。」
「抱いてくれないかな。」
ぎゅう、と背中に腕を回し、力を入れると、そうじゃなくて、と不満そうな声が投げかけられた。
「情欲の捌け口でも、慰み者でも、一時の戯れでも構わないんだ。その、つまり、生殖行為をしてくれないかな。」
言葉を失った。
「一度でいいんだ。それからキミが望むなら、美しい魔物でも人間の姫でもボクがなんでも捧げよう。だから。」
胃痛のタネが増えそうだ。
「そなたは我の何だ。」
「……えっと、道具?とか、奴隷、とか……」
何度言ってもわからぬ娘だ。
「そなたは、我が妻だ。不満か?」
「不満であるものか」
と勇者は首を横に振った。
「一度だいて欲しいと言ったな。」
こくり、と勇者は今度は縦に振る。
「一度で済むものか。」
魔王とて、女の色香に迷うことも、時には理性が情欲を抑えきれぬこともあるのだ。

翌日、寝不足状態で使用人や四天王共の生温い対応と、側近の「ひくわー」という言い草に、始終胃の痛みと戦う羽目になったのは、寝ぼけていたとはいえ、勇者、いや妻を傷付けた罰と思っておくことにする。



<おしまい>
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