スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

三代目の憂鬱 側近、卒倒する。

宮殿へ帰還した魔王を見るなり、その側近は悲鳴を上げた。

最上級の絹で織り上げた漆黒の外套は、そこかしこに擦れたような傷がつき、破れたような箇所もある。黒く焦げたものを引き摺る左手には、火傷のような痕が痛々しい。

体がよろけるのをなんとかこらえて、彼女は声を絞り出した。

「いったいどうなさったのです!」

大きく、重そうな荷物を曳きながら自室に戻ろうとしていた魔王は、ぎくりと体を硬直させて、ぎいい、と首を動かし視線を自分の側近に向けた。

「ああ、余はすこし、地上に降臨してみたのだ。」

耳に心地よいソプラノが応える。それから、悪戯が見つかった子供はぼそりと付け加えた。

「降臨した先で、勇者に遭遇した。」

そしてこの有様だ、と自らの側近の顔を見上げ、大きな目を潤ませた。
左手以外には、目立った外傷もないことにほっとした側近は、主に跪き、治癒の魔法を操作しながら訊ねた。

「忌々しい預言の黒鶫の月はまだ先というのに、御身の前にもう勇者が現れたとは。
何にせよ、魔王様がご無事で良かった。ところで、我が君、魔王様がお持ち帰りになったその何やら動いております黒い物は一体?」
 焼き過ぎた肉の塊にも見えたそれは、よく見ると魔王に引き摺られながら、うねうねと動いている。
「ああ、これはな」
 魔王は視線を泳がせると、言いにくそうに答えた。
「勇者だ。」

今度こそ、側近は卒倒した。


勇者は死なない。
彼女にそう教えてくれたのは、前魔王であった。
勇者は剣に呪われている。余を倒すまでこうして何度も再生してしまうのだ。余を倒して初めてヒトとして生き、死ぬことができるのだ。
それを考えると憐れなものよ。

前魔王様が勇者を倒したのは一度や二度ではない。

首をはねようと、凍らせようと、石にしようと、塵すら残らず燃やしつくそうと、
勇者は何度でも前魔王様の前に現れた。
勇者の死体を見張ろうと提案もしたが、前魔王様は無駄だと仰せだった。
彼の言葉通り、瞬きした拍子に消え失せ、傷一つない体で前魔王様の前に立つのだ。
前魔王様は、魔物たちの士気を失わせないため、そんな化け物を前にしても、恐れることなく、正々堂々勇者と闘った。

しかしお側についていた私にはわかる。
前魔王様は確かに疲弊していた。毎日報告される魔物の被害数に、苦悩されていた。


けして勇者の前に立ってはいけないよ、お前は弱いのだから。


私の髪を撫ぜ、勇者が城を訪れる度、前魔王様は私を御自分の寝所に隠した。
他の魔物と違い、魔王と繋がらない私は、魔王が倒されても消えぬかわりに、戦って負ければ、魔王の力をもってしても二度と復活しない。


私は、裏切り者だから。


最初の魔王が封じられたとき、私は魔界と敵対する天界で生まれた。魔王の復活を阻止するため、魔王石を警備するために、私は創られた。
聖なるもの以外に解けぬ封印を護るため、私はひとり、その前に設置されたのだ。

数百年、私は孤独だった。

私を創った天ですら私を忘れたころ、人は人同士で争いを始めた。
しかし私には関係なかった。ただ封が解けぬことだけみていればよいのだ。
たとえ人が領土を奪い合い、故郷の天へ進軍をはじめようとも。
魔王石を護ることだけが私の使命。

雪より白く、黒檀より黒く、血の色よりも赤い魔王。
人の女の姿で、透き通った石の中に横たわるはじめの魔王は、美しかったが、ただそれだけで、私の心を動かしはしなかった。
外は戦火に包まれていたが、そこはとても静かだった。

ある日、そうした毎日が変化した。

ひとりのヒトが、ここを見つけて訪れたのだった。

彼は、とある小さな国の王だと名乗った。
戦火を避けるために疎開させられ、その先で散歩中にここを見つけたのだと。
本当は、兵のため、民のために自分も前線に立ちたいとも、彼の死はそのまま国の死であると、彼の周囲は必死で彼を抑えたとも、それが悔しいとも漏らしていた。

彼は、私に名前がないことを知ると、私に名前をつけた。
2週間不採用を出し続けたので、採用した日は、一日中嬉しそうにしていた。
楽しいという感情を知ったのは、あのときが初めてであったかもしれない。
それから、淋しいという感情を知ったのも。

彼は、若き王で、若き王のまま生涯を閉じた。敵対する国の兵と戦い、私の目の前で。結局王である彼も前線に立ち、戦わざるを得なかった程に戦況は悪化していたそうだ。

どの国が領土を広げようと、どの国がなくなろうと興味はなかったが、彼を喪失したことは、私に初めて憎悪や悲しみという感情を生じさせた。

そして私は、彼の亡骸を抱きながら、そこで魔王を願ったのだ。

魔王は復活した。
彼の姿で。彼の声で。優しい、彼の眼差しで。彼がつけた私の名を呼んだ。
初めは彼とは違うことに違和感を覚え、彼でないのに彼の姿をしていることに反発し、葛藤していたが、優しい魔王様はゆっくりと私を癒していった。

愛しい哀しい魔王様。

私は二度、愛しいひとを喪っている。
前魔王様が倒されたとき、私は再びかの方の復活を願った。
しかし、幾多の人の血に染まった手は、聖なるものとはいえなくなり、呆然と立ち尽くしたのを覚えている。数百年の孤独は、前よりも短いものであったが、以前よりも辛いものとなっていた。

幼いエルフの姫を攫い、封じられた魔王様の御前に差し出したのは、ただただ魔王様に会いたい一心からであった。

再び目覚めた魔王様は、以前の魔王様とは違っていたが、以前のどちらの魔王様よりも美しく愛らしい。

ひとめ見ただけで、私はみたび恋に落ちた。

今の魔王様を喪いたくない。
勇者など、誕生させない。
そのために手を尽くしたが、とうとう我が君の前に勇者が現れてしまった。

こうして眠ってはいられない。早く目を覚まして、勇者の魔の手から魔王様を引き離さなければ。早く。
関連記事
スポンサーサイト

theme : ファンタジー小説
genre : 小説・文学

comment

管理者にだけ表示を許可する

05 | 2018/06 | 07
Su Mo Tu We Th Fr Sa
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
プロフィール

湖丸あいがも

Author:湖丸あいがも
思いついただけで続ける気の無い文章を置いておく場所。
あひるとは同一人物。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセス解析
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。